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Posted by mana
 
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お久し振りです!
081112


皆さん、お久し振りです あ
6月に更新したきり、大変ご無沙汰してしまいお返事も物凄く遅くなってしまい、
本当にごめんなさい

更新が止まっている間、心配して気にかけてくださったお友達の方々、
本当に本当にどうもありがとうきらきらはーと


お蔭様で家族共々風邪もひかずに元気です うれしい! 
6月には7ヶ月になりました~♪なんて話していた息子も
早いもので、今では11ヶ月!一歳まであと残り半月となりました
早い・・恐ろしいほど早すぎる

写真は最近のそらたんです(赤ちゃんの着物モデル撮影会なるものに参加してきました
6月以来の登場になるので、顔つきも随分と変わりびっくりされたかな(*^艸^) ?!

今は超高速ハイハイで毎日追いかけっこ 走る2
そしてつかまり立ちが激しく高い所もなんのその。
もうちょっとで一人タッチが出来そうです
離乳食もモリモリ三回食!ご飯をとっても美味しそうに食べてくれます 食事 
日に日に男の子らしく活発でやんちゃで、かぁちゃんはヘロヘロっすガーン
大変ながらも一瞬の成長を楽しみにしながら、幸せをかみしめる日々ですはーと

いろんな事が出来るようになるにつれて目が離せなくなり、
目を離した一瞬の隙にどこかでスッ転んで大泣きアップロードファイル
先日、初たんこぶなんぞを作りました、ハイ( ̄‥ ̄;)
ハイハイが出来るようになった頃から、後追いをするようになりまして
私がどこかに消えて姿が見えなくなっても全然平気で一人で楽しそうに遊んでいるので
後追いでもそんなに激しくはないので比較的楽なのですが、
ちょこちょこくっついて歩いているので、PCも開けませんjumee☆sweat2Lr
お昼寝や就寝後のわずかな時間にたまに開いてやっている状態です

そんな状態なのでPCも開く事が出来ずすっかりご無沙汰してしまいました
またゆっくりと息子の成長も書き留めていきたいとおもっています


そしてそして・・実はブログをお休みしている間、
私達家族にとって、とってもとっても大きな出来事がありました。

ようやく心の整理がついてきたので、皆さんにご報告が出来そうです

重いお話で長くなってしまいそうなので、ご理解のある方のみどうぞ。

今日まで、このブログで皆さんに何とご報告したらいいのか言葉が見つからず
また、突然の出来事に心の整理が出来ずに、こうして皆さんにご報告するのが遅くなりました。

1か月が経ち、ようやく少しずつですが気持ちが落ち着いてきたので、
心の整理をしながら、旨く気持ちを伝える事は難しいですがお伝えしたいと思います

既にご存知のお友達も何名かいらっしゃいますが・・

私事ですが、実は先月、10月2日。私の父が亡くなりました。

本当に突然の出来事でした・・・。

私の父は、もともと長年の職業からくる「じん肺」という肺の疾患をもっていました。
アスベストでも話題になりましたが、お仕事によって粉じんが肺にささる病気です。

じん肺にかかると、肺に繊維性の組織が増え、肺胞、
細気管支、血管などの組織が壊され、呼吸困難を引き起こします。
父からも、いつかは酸素ボンベをコロコロと携帯して歩くようになると
学生の頃から聞かされていたので、
私なりに父の疾患については理解していたし、心の中でそれなりの覚悟もしていました。

父の場合、階段などでは息切れがしていましたが、月1のじん肺の病院通い、
そして日常生活は問題なく、むしろジッとしていることが大嫌いで
常に動き回っているアクティブで元気な父でした。

なのに・・

病院に運ばれる4日前。家族で実家に遊びに行きました。
その時は、何ら変わりなくご飯を食べに行ったり、そらたんを抱っこしていっぱい遊んでくれ、
デパートでは目じりを下げながらそらたんのお洋服を一生懸命選んでくれたりと
いつも通りの元気な父でした。
でも、実はその日、本当は遊びに行くつもりはなかったのです
当日偶然用事ができ、急遽行く事になったのです。
おまけに久々にデジカメで父とそらたんが遊ぶ様子を何枚も撮ったのです
今思えばまるで何かに導かれるかのように・・。
カメラで撮った行動も偶然すぎて前兆のように思えて仕方がありません。

その4日後の早朝、電話が鳴り、
受話器の向こうから聞こえてきたのは、泣きながらパニック状態で話す母の声。


「大変よ!お父さんが危篤なの!!!」


・・・え・・・??

突然聞かされた私は訳が全く分からず頭真っ白。

とにかく病院に向かう準備をしていると、
母から意識を取り戻し、普通に会話したと再度連絡が入り少し気が楽に。
お見舞いに行くと、なんととても意識不明だったとは思えない程、
ベッドを起こしてニタニタ申し訳なさそうに座っている父の姿が。

あぁ・・良かった・・良かった・・

と、その時は思いました。

なんでも前夜から風邪の症状が出ていて微熱があり、
肺の疾患があるため、風邪は敵。大事をとって翌日病院へ行く予定でいました。

そして当日。

いつも起きてくる時間になっても起きてこない父を心配し、
母が覗きに行ってみると、そこには真っ青な顔で大量の汗をかき、
呼吸困難で意識不明状態の父が。
反応が全くなく、慌てて救急車を呼び運ばれました。

なんとか一命を取りとめたものの、
亡くなっていてもおかしくなかったと言われたほど悪い状態だったそう・・
医師によると、今回は肺にウイルスが侵入して肺炎を起こし、呼吸器不全になったとの事。

薬でなんとか容態は安定し、肺の数値も少しだけよくなりつつありましたが、
また一気に悪くなり、検査の結果、肺は限界を迎えているとのこと。
見せられたレントゲンに写る父の肺は、殆どが機能していなく真っ白でした・・。

今すぐ人工呼吸器をしてもおかしくない状態。
そして人工呼吸器をつけてしまうと、
じん肺の場合、肺が呼吸器に慣れてしまい外すことは困難とのこと。
そして強い薬で眠らされる為、会話どころか意識もなく眠った状態で寝たきりに・・。

その為、父の生命力にかけ、ギリギリまで人工呼吸器をつけずに様子を見ることになりました。

肺が正常の人の場合、もがき苦しむほどの呼吸困難状態なのだそう・・。
なのに父は、入院してからも「辛い」「苦しい」「痛い」など弱音を一度も口にしませんでした。

もともと父は、本当に強い人でした。
大分出身の九州男児なので、物凄く頑固でもありましたが
その頑固さがいい意味で発揮されていた(?!)弱いところを見せるのがとことん大嫌いな人で
私も母も一度も父の弱音や愚痴を聞いた事がありません。

まだ働いていた頃、赴任先で複雑骨折で3ヶ月入院&手術、大火傷で2ヶ月入院した時も、
退院して帰ってきて父の姿を見て初めて知った・・なんて事も

その間、気づかれないように、いつも通りの週1の電話も病院からしていたのでした

どんなに疲れていても、苦しくても、陰気臭いことが大嫌いな父は常に笑顔。
頑固だけれど、真っ直ぐで、温かい優しさがあって、
母や娘の私に一度も手をあげたことはありません。
家族を養う為に自分の命を削って、将来じん肺疾患になる事を承知の上で自ら選んだ仕事。
娘として本当に心から尊敬できる自慢の父です。

そんな父が、まだ呼吸器をつける前に

「夜、眠れてる?」

の母の問いかけに、

「それが夜が長いんだよ~笑」

なんて笑いながら言っていました。
その時は ”病院は消灯が早いからねぇ~” なんて思っていましたが、
あとから思えばきっと苦しくて眠れなかったのかな・・なんて・・。

そして入院してから一週間が経った日、
父の呼吸が思わしくなく、意識も朦朧・・

本人は苦しいとは言わないけれど相当苦しいはず。
このままだと呼吸が止まってしまう危険もあるため、今から人工呼吸器をしてもよいか

と言った内容の電話がかかってきました。
(母は憔悴しきっていたため、全ての判断を私にまかされたのです・・)

ここで私がOKを出せば父の意識も、声も、一生聞くことは出来ません・・。
父は本当に人工呼吸を望んでいるのか・・
呼吸器をする前に、もう一度父と話しがしたい・・。

・・が、私が病院に到着してからでは遅いとの事・・。

苦しく辛い判断でしたが、少しでも父に長く生きてもらいたい・・
その願いを託し、「お願いします」と伝えました。
電話を切った後、とめどなく涙が溢れ、息子に気づかれないよう声を殺して泣きました・・。

病院に到着すると、既に人工呼吸器をつけた父の姿が・・。
そして喉に機械が入ったことによりとっても苦しそうにもがき、
よく見ると、呼吸器を外してしまわないように、両手両足は紐でベッドに拘束されていました・・

力仕事をしていた父。入院してから絶食だった為、少しほっそりしましたが、
弱さは全然なく、それはそれは物凄い力でした・・。
拘束されている姿は、本当に辛すぎて見ていられませんでした・・。

苦しいの・・・?
それとも「なんで呼吸器なんかつけたんだ!」と怒って抵抗しているのかな・・。

そんな事を思っていると医師に呼ばれ、

最善をつくし、一番強い投薬もしたけれど、効かずに肺の機能は悪い。
元気になる確立は10%以下で非常に厳しい状態。
最期は蘇生をするかどうかの方向を今は考えてほしい。
合わせたい人がいたら温かいうちに会わせてあげてください。

・・と、なんとも残酷すぎるものでした。

でも、呼吸器をつける前に父の意識ははっきりとしていて、
呼吸器をつける説明をすると

「お願いします。頑張ります。」

と、笑顔で答えたそう・・。

これを聞いて、安心といったらおかしいけれど、
苦しむ父の姿を見て、私のせいだ・・と自分を責めていた気持ちが楽になりました。
怒って抵抗しているのではなく、機械が喉に入った事で苦しく、
薬でまだ朦朧としている状態だからだそう。

医師との話を終え、部屋を出た途端、
父の死が近い・・そして突きつけられた現実に母も私も泣き崩れました・・。

呼吸器をつけた日、まさかこうなるとは思わなかったので、
この日は雨だからお見舞いを母に任せようと思っていた矢先でした。
こんなことになるなら、朝早くお見舞いに行けばよかった・・
話したい事、あったんじゃないかな・・なんて後悔ばかりが押し寄せてきて・・。

でも、あとから考えれば弱い自分を娘や孫に見せたくなかったからよかったのかな・・
自然に導かれた運命だったのかな・・とたっちゃんにも言われました。

それからしばらく、父は強い薬で眠ったままでした。
医師からも意識が戻る事は難しいと告げられていました。

このまま眠った状態のままなのかな・・・もう一度父と話したいな・・


そんな事を思っていた矢先の亡くなる2日前。
いつも通り、眠っている父の耳元で「お父さん来たよ~!」話しかけ、
いつも病室で大人しくしている息子がグズり、大きな声で叫びました。

その時です。

なんとそれまで眠っていた父の手が動き、驚いていると、
今度は閉じていた目を開けたのです!!息子を探してる・・?!
そう思った私は、「こっちだよ!ここだよ!そらたんいるよ!」と言うと、
グッと頭を持ち上げ、なんと私に抱っこされている息子を見たのです!

「そらたんのこと分かる?じぃじ頑張って!って言ってるよ!
一緒に遊ぶの楽しみにしているよ!」

と言うと、なんと目を閉じながら3回うなずいたのです。

その直後、また眠ってしまいました。一緒にいた看護婦さんも医師もびっくり

声を聞くことが出来ませんでしたが、これが父と会話した最後となりました・・。
話が出来て良かった・・。息子の事見てもらえて本当に良かった・・。
キセキを起こしてくれた息子に大大感謝でした


そして亡くなる前夜、不思議な出来事がありました。
先に寝ていた息子の様子を見に行くと、
なんと正座状態で上半身はうつ伏せに、
両手をバンザイ状態という凄い格好で寝ていました。
まるで誰かと遊んでもらっていたかのよう・・。
抱っこして降ろされたかのような格好。こんな事初めてです。

もしかして父が来たのかな・・?ジィジと遊んでもらったのかな・・?
そんな事をたっちゃんと話していました。


翌日の10月2日の朝。
その日は久し振りに快晴!朝から雲ひとつない気持ちのよい秋晴れ
朝起きて秋晴れを見た途端、
晴れ男の父らしいお天気だなぁ・・まるで心が晴々、父が笑っているみたい・・。
もしかして今日・・・

なんて思えて仕方がなかった矢先、電話が鳴りました。

父の血圧が低下してきているとのこと。
なんと前晩、息子のとんでもない姿を発見したその少し後から血圧が下がってきていたそう・・。
やっぱり父だったんだ。最後の挨拶にきたのかな・・

すぐに準備をして義両親と息子と一緒に病院に向かいました。
たっちゃんは仕事を切り上げて病院で合流することに。

でもね、凄く不思議なんですけど、この時は「最期に間に合わないかも・・」なんて
ひとっつも思わなかったんです。自分でもびっくりするくらい100%自信がありました。

病院に到着し、父の容態は悪いながらも横ばい状態。
医師からは今夜が山かもと告げられました。

そして父の元に行き、

「お父さん!そらたんが来たよ。お父さん、もう充分頑張ったよ。
そらたんにもしっかり伝わってるからね!
お母さんの事は皆で守っていくから心配いらないからね!
そらたんの事、大事に大事に育てていくから!
見守っていてね!だからもう頑張らなくていいよお父さん・・」

と話しかけたその時です・・

それまで横ばい状態だった父の心拍が急激にガクッと下がりはじめました。
看護婦も医師も、そして母や親戚一同びっくり!!

見る見る血圧も心拍も下がり、心臓より先に呼吸器の機械がピタッと止まった事に気づきました。
看護婦に告げると、
「呼吸は止まっててもまだ心臓は動いているので声は届きますよ!」と言われたので、

父の手に息子のちっちゃな手をのせ、そしてギュッと握り、

「大好きだよじぃじ。ありがとうお父さん・・」

と言った途端、心臓が止まり、本当に安らかな寝顔で父は星になりました。

今夜が山と言われていたのに、私が到着して五分もたたずに・・
お父さん、、私とそらたんの事、きっと待っててくれたんだよね?
皆からもそう言われました。

厚くて大きな父の手を握ったのは何十年ぶりのことだろう・・。

最期を看取ったのは、私にとって人生初のこと。
順番的にいつかはこの時がくると分かってはいても、やっぱり辛いです。
母は泣き崩れ、私は息子をギュッと抱いて、息子に涙を見せまいと頑張ってきましたが、
この時ばかりはさすがに我慢できずに涙しました・・。

でも・・最期を看取ることができ、父の娘として最後の親孝行が出来たのかな。

あれから1ヶ月が過ぎ、ほんの少しずつ心の整理はついてきて、
父の死を受け入れてはいるつもりだけれど・・・でも、まだ亡くなったという実感があまりありません。
実家に帰ると、片手を挙げ「おぅ!」と笑顔で出てきそうな気がします。
実家に電話すると、「おぅ!○○(名前)かー^^!」と受話器から父の声が聞こえてきそう・・

遊びに行くと、目じりを下げて孫にべったり。誰にも渡すもんか!とばかりにずっと抱っこ。
一歳の誕生日は何がいいかなぁ?ブーブーかな?三輪車かな?なんて嬉しそうにつぶやいていた父。
お店に行くと、ついついそらたんの洋服や玩具を見ちゃうんだよ~と言っていた父。

だけど、もう父はいません。一生触れることが出来なくなってしまいました。

何よりも一番辛いのは母。
ずっと二人で手をとり歩んできたんですもんね。母の悲しみは想像を絶するものだと思います。
私が結婚してからは夫婦二人で時を重ねてきた両親。
父がいなくなった今は一人です。
近所に親戚が沢山いたり、温かいお友達の皆さんがいたりと
とっても心強く母も頑張っていくと言っています。
でも父同様、ふさぎこむことが大嫌いな母なので、
今ではいつも通り明るく元気で過ごしていますけどね♪
だけど、ふと一人になった時に寂しいだろうなぁ・・と思うと、娘として物凄く胸が痛みます。


今思えば父が倒れてからわずか2週間の出来事。
全てが本当に突然すぎてあれよあれよという間に父は星になってしまいました。

倒れた日から私は殆ど眠れませんでした・・。
考える事がありすぎて、次から次へと押し寄せてくる現実が辛すぎて・・。
電話が鳴るたびに「病院?!」とドキッとしてしまい、
完全に電話恐怖症になってしまっていました・・。
外が明るくなってくると「あぁ・・無事に父は今日を迎えられた・・」と少し安心して
1~2時間うつらうつらと眠る程度。食欲不振で痩せてしまいました。
眠れない夜、何かしていないと考えて辛くなるだけなので、
願いを込めて千羽鶴をひたすら折っていました。
その鶴も間に合わず600羽で止まってしまいましたが・・。

だけど、息子の存在があったからこそ、本当に私は頑張れました。母強しですね!
悲しい気持ちにさせたくないし、
泣いている姿を見せたくないので、
息子の前では涙を我慢し、一緒に遊び、お歌を歌い、ご飯を食べ、
いつも通りの明るいかぁちゃんでいるように頑張りました

心が崩れそうになっても、息子の笑顔にものすごく救われ、
自然と笑顔で頑張れる自分がいました。
育児は休みなしだから、泣いてなんかいられないんですよね
育児に没頭できたので、考える余裕があまりなくてかえってよかったのかもしれません。
なにより家族はもちろんの事、沢山の周りの友人にも物凄く支えられました。

亡くなってからバタバタと葬儀の事を決めたり
恐ろしいほど色んな手続きがあって役所に何度も足を運んだりと
悲しみにひたる暇もありませんでした。
父の遺影は私の結婚式の時に小学校ぶり?かと思われるほど久し振りに撮った2ショット。
挙式前の私と写る、目じりを下げてとっても幸せそうな笑顔の父です。
そして私とたっちゃんが初めて父の日にプレゼントし、
箱のまま大事にとっておいてくれた甚平さんを着せ、
なんと私が小さい頃から父の誕生日や父の日にプレゼントをした洋服全てを
箱のまま綺麗にとっておいてくれて・・
それを全て入れ、折りかけの鶴や私とそらたんが書いた手紙を入れて送り出しました。
娘として、温かい気持ちで明るく父を送り出そうと懸命に頑張りました。
そして何より母と私と懸命に支えてくれたたっちゃん。
喪主の母にかわって途中涙で声がつまりながらもしっかりと最後の挨拶をしてくれました。
同時に沢山の素晴らしい父の友人の存在を知り、
友人思いでこんなにも沢山の人達に好かれていたんだなぁ・・と
父の事を改めて誇りに思った素敵な日でもありました。


でもね、やっぱり想像を絶する悲しみです。
父の命のろうそくの炎が消える瞬間のシーンが、今でも鮮明に頭に焼きついています・・
父が亡くなったその日の夜、息子を寝かしつけた後、
たっちゃんに我慢しないで泣いてもいいんだよ?と
言葉をかけられ、プチッと糸が切れたかのように、これ以上涙が出てこないんじゃないか?
って思うほど泣きました。


「孫が小学校に上がるまでは何とか元気に頑張らないと!」


そう嬉しそうに看護婦さんに話していた父。(看護婦さんに亡くなった後聞きました・・)
孫の写真を枕元に飾り、孫話に花を咲かせ、看護婦さんの間でも息子は有名人でした(笑)
お見舞いに行けば、自分の事よりも母や私や孫やたっちゃんの体の心配ばかりして・・
きっと父は、自分がまさかこうなるとは思っていなかったと思います。


じぃじと約束したハイハイ、そらたん出来るようになったのに、まだ見てもらってないよ?
一歳のお誕生日、一緒にお祝いしようねって話してたのに、まだお祝いしていないよ?
たっちゃんと釣りに行きたいって言ってたのに・・たっちゃんすっごく楽しみにしていたんだよ?
言いたかった事、やりたかった事、もっともっとあったよね・・?
もっともっと、そらたん抱っこしてほしかったよ・・手を繋いで歩く夢、まだ叶えてないよ?

伝えきれないほど色んな想いはあるけれど、
でも私は大丈夫。
たっちゃんが全力で支えてくれている。愛する息子がいる。
大切な家族や友達がいる。

父が伝えられなかった事、しっかりと息子に伝えていこうと思う。
父が叶わなかった事、家族で叶えていこうと思う。
父の変わりにはなれないけれど、母の事一生懸命支えていこうと思う。

息子の記憶には大好きなジィジの姿は残らないかもしれない。
でも心の中にしっかりジィジとの思い出が残っているから。
そらたんにとっても、自慢のジィジだもん。
私達がジィジの事、しっかりと伝えていくよ。
そして家族皆が明るく元気に健康で前を向いていくこと。
それが今できる父への親孝行。
そして今もこれからも、父は私達の強い見方です

皆さんも、沢山沢山、親孝行してください。
出来なくなってから、改めて出来る事の大切さに気づかされます。
父を亡くした今、本当に強く思います。

1ヶ月経った今、ようやくいつも通りの時間が流れ始め、家族共々元気いっぱいです

もうすぐ息子も一歳♪
手作りバースディー企画で頭がいっぱい(*^艸^) いっぱいお祝いしてあげなくっちゃうれしい!きらきらはーと


なんだかまとまりのない文章ですが、
長々と読んでくださり、本当にどうもありがとうございました



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Posted by mana
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2008/11/12 16:42 | | edit posted by
まなさん、お久しぶりです。
この記事を読んで・・・
何と言ったらいいのかわかりません。
ごめんなさい。
まなさんのお父さんはまなさんとそらたんを待っていてくれたんだと私は思います。
トップの写真いちごケーキになっていますね。v(=∩_∩=)
可愛い。♪ d(⌒o⌒)b♪
私はいちご大好きです。(-_☆)キラリ
2008/11/12 17:28 | URL | edit posted by teddyrose
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2008/11/12 17:59 | | edit posted by
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2008/11/14 20:00 | | edit posted by
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2008/11/14 20:26 | | edit posted by
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2008/11/14 20:30 | | edit posted by
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2008/11/14 22:17 | | edit posted by
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2008/11/15 16:45 | | edit posted by
まなちゃんこんばんわ
大変だったね
お父さんきっとお母さんやまなちゃん家族を
これからもずっと見守ってくれると思うよ
こんな言葉しかかけられなくてごめんねっっお父さんのご冥福をお祈りします
2008/11/15 19:29 | URL | edit posted by チャコ
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2008/11/17 17:08 | | edit posted by
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2008/11/17 20:09 | | edit posted by
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2008/11/20 17:30 | | edit posted by
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2008/11/24 16:45 | | edit posted by
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2008/12/08 08:59 | | edit posted by
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2008/12/15 19:51 | | edit posted by
皆様、とっても心温まるメッセやメールを
沢山本当にどうもありがとうございました。:゚(。ノω\。)゚・。
大変遅くなりましたが、
お一人お一人、私の方から個人的にメール等で
お返事をさせていただきました。

このたびは本当に本当にどうもありがとう♪
2009/01/01 23:06 | URL | edit posted by まな
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2009/01/04 12:46 | | edit posted by
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